熊本の地域資源(=誇り)を知る。

宮本武蔵

宮本武蔵は、現在の兵庫県にあたる播磨(はりま)国で生まれたとされています。13歳で最初の決闘に勝利して以来、60回以上におよぶ決闘で1度も負けなかったと言われており、佐々木小次郎との巌流島での決闘など、数々の名勝負が今なお語り継がれています。

若い頃の武蔵の名勝負が注目を集める一方で、世界的に武蔵の評価を高めているのが、兵法書「五輪書」(ごりんのしょ)です。
これは、生死をかけた数々の決闘を勝利した武蔵が、人生の集大成として記した書物であり、熊本市の金峰山にある霊巌洞(れいがんどう)で執筆を行いました。

武蔵が熊本入りしたのは、1640年(寛永17年)、肥後熊本藩・初代藩主であった細川忠利により、「客分」として熊本藩に迎え入れられたことによります。それ以来、武蔵は熊本で暮らし、1645年(天保2年)、熊本市千葉城の自宅で62歳(※年齢は推定)でその生涯を終えています。
実際に五輪書を執筆した期間は、1643年から死の直前までだと言われています。また、武蔵の門弟たちによって受け継がれた剣術「二天一流」は、今なお熊本で受け継がれています。一方で、熊本時代の武蔵は、水墨画など、いくつもの芸術作品も残しており、熊本市内で展示されています。

そのように、宮本武蔵が人生の集大成にあたる期間を熊本で過ごしたことから、熊本には「武蔵丘」「武蔵塚公園」などの地名や名称などがあり、熊本市民らに親しまれています。
(Language Style → English , 한국어 , 中国)

<地図(Map)>
霊巌洞 島田美術館 武蔵塚公園

<関連動画(Videos)>

ホーム | 体感シリーズ(そのほか)| 熊本市バージョン  |  ご感想・ご意見

PAGE TOP