熊本の地域資源(=誇り)を知る。

夏目漱石

日本人にはもちろんのこと、日本を研究する外国人にも有名なのが文豪・夏目漱石です。漱石は、明治29年(1896年)から明治33年(1890年)まで、熊本の第五高等学校で英語教師を務めました。年齢にすると、30~34才までの期間になります。

熊本時代の漱石は、作家として活動したのではなく、英語教師の傍ら、数多くの俳句を残しました。熊本時代に、漱石が旅をしながら残した俳句が刻まれた石碑が、熊本をはじめ、九州各地に存在しています。
そのように、学生を自宅に呼びながら師弟の交流を深め、休日には、熊本をはじめ、九州各地を旅行した日々が、その後の小説「草枕」などの代表作を生み出すことにつながっています。また、漱石にとっては、鏡子夫人と結婚し、一緒に生活を始めるようになったのが熊本市であるので、漱石にとっても思い出深い地であることは間違いないでしょう。

熊本市は、熊本以外の人たちが驚くほど、漱石と関係が深かったり、漱石から影響を受けていることが多くあります。明治29年、上熊本駅(旧池田駅)に降り立ち、第五高等学校に向かい人力車に乗った漱石は、途中の丘の上から熊本市内の景色を見て、「緑の都」と表現します。熊本市は今でも、その漱石が語った「緑の都」という言葉を大事にしながら都市づくりを進めており、漱石が熊本に初めて降り立った上熊本駅付近や、教鞭をとった第五高等学校(五高記念館)のある黒髪キャンパスには、漱石の像が置かれています。

なお、五高記念館や夏目漱石内坪井旧邸では、当時の漱石の様子を垣間見ることができるような展示物などが置かれています。
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<地図(Map)>
五高記念館 夏目漱石内坪井旧居 上熊本駅

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