熊本の地域資源(=誇り)を知る。

細川ガラシャ

細川ガラシャは、本名を「細川玉子」(ほそかわ・たまこ)といい、本能寺の変で織田信長を自害させた「明智光秀」の3女になります。ガラシャはキリスト教の洗礼名であり、信仰を貫いた女性として、親しみを込めて「ガラシャ夫人」とも呼ばれています。

ガラシャ(玉子)は、信長を支えた勇猛な戦国武将であり、利休七哲の1人でもある「細川忠興(ただおき)」の正室となり、6人の子を設けています。
その中の3男の「細川忠利」が、肥後熊本藩・初代藩主となり、熊本の基盤を築いていく人物になります。

ガラシャの生涯で、人々の心に最も残るところが、1600年(慶長5年)の関が原の戦いで石田三成らが率いる東軍に人質にされようとした場面です。大阪の細川屋敷を包囲されたガラシャは、屋敷内の侍女らを外に出し、以下の時世の句を残して自害したと言われています。

「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」

熊本市の泰勝寺跡には、息子の忠利が母・ガラシャらの供養のために建てた墓にあたる「四つ御廟」が残されています。
そのように、熊本との関わりが深い細川ガラシャを偲ぶことのできる場所であることに加え、泰勝寺跡にはガラシャの夫・忠興が愛した茶室を復元した「仰松軒」(こうしょうけん)などがあります。
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<地図(Map)>
泰勝寺跡

<関連動画(Videos)>

<関連サイト>
熊本市観光ガイド

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