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細川忠利

肥後熊本藩・初代藩主「細川忠利(ほそかわ・ただとし)」は、戦国武将として活躍した細川忠興(ほそかわ・ただおき)を父に、そして、“ガラシャ夫人”として今なお語り継がれる、明智光秀の娘、玉子(=細川ガラシャ ※ガラシャはキリスト教の洗礼名)を母に持ち、2人の三男として1586年(天生14年)に生まれました。

もともと病気がちであったことから、それを心配した知人や側近らが「辛子蓮根(からしれんこん)」を開発したことでも有名です。ほかにも、宮本武蔵を客分として熊本藩に迎え入れた人でもあります。

また、父である忠興は、武人でありながらも、千利休に師事した「利休七哲」の一人として知られる文化人でした。
そうした血を受け継いだ忠利だからこそ、超一流の剣士であり、類まれな絵画のセンスを持った武蔵を、熊本藩に高待遇で迎え入れることができたのでしょう。

熊本市内にある有名な観光地「水前寺成趣園(=水前寺公園)」も、忠利が1636年(寛永13年)頃から築いた「水前寺御茶屋」が始まりとされています。

忠利は1641年(寛永18年)、享年55歳でその生涯に幕を閉じました。徳川家にも人望の厚かった忠利の死に、第3代将軍・徳川家光までも「越中早く果て候」(死ぬのが早すぎた)と嘆き悲しんだと言われています。
細川忠利の墓にあたる霊廟は、熊本市内の北岡自然公園「妙解寺跡」にあり、国の指定史跡になっています。
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<地図(Map)>
水前寺成趣園(水前寺公園) 妙解寺跡

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